テルテル坊主なんてものは馬鹿の象徴だ。しかしそんなものを今俺の横でせっせと作っている人間がいる。妹だ。明日友達と遊園地へ行くらしい。懸命にティッシュを丸めて顔を描いていく。その姿は実に滑稽だ。どういう訳か多くの人間が根拠のないものを信じている。占い、宗教、幽霊なんかその典型例だ。テルテル坊主もその一例と言えるだろう。実に下らない。
「お兄ちゃん。さっきからぶつぶつうるさいんだけど。」
「あのさあ。テルテル坊主なんか作ったって意味ないぞ。明日は雨なんだから。」
「は?だったらなに?」
「いやだからその無駄な時間をだな…」
「光!!お兄ちゃんの勉強邪魔しちゃダメでしょ!!!」
「邪魔してないよ!お兄ちゃんが話しかけてきたんだもん!!」
「口応えするの!?だいたいあんたはろくに勉強もしないで遊んでばっかりじゃない!!」
今日もこうして母と妹の喧嘩が始まる。この喧嘩が一番の邪魔であることを、いつになったら母は気づいてくれるのだろうか。カレンダーを見る。入試本番まであと3か月。もうすぐ高校生活が終わり春がやってくる。すぐに春になってほしいけどまだ春にはなってほしくない。外はまだ冬の息をしている。白い空の下で裸になった木々が寒そうに立っていた。
テルテル坊主 第一話
物部守谷
天気予報は当たった。妹は作ったテルテル坊主をゴミ箱に入れてため息をつく。
「遊園地また今度になっちゃった。」
そうぽつりと呟いて部屋から出て行った。居間でテレビでも見るんだろう。そう思っていたら下からはしゃぎ声が聞こえた。
「雪!!!」
冷え込んだ大気は雨を雪に変えた。雪が世界を真っ白に染め上げる。気がつけば外の色は白一色。妹は雪だるまを作っていた。
「30分だけ…」
久しぶりに遊ぼうか。たまには息抜きをしないと。
「ちょっとあんたどこ行くのよ」
現実はつらい。再び茶色い机にむかった。白いノートが汚れていく。ふと外を見ると既に妹の姿は無く、汚れた雪だけが残っていた。
「昨日雪だったね。」
「そうだな。勉強してたから遊べなかったのが残念だ。」
「てっちゃんは国立の大学受けるんだもんね。凄いなあ。」
「まだ受かってないのに凄いとかあるもんか。」
「てっちゃんなら受かるでしょ。頭いいもん。」
そう言うと幼馴染は無邪気に笑った。
「そうかもな。」
俺は不愛想に返事をする。雪が残る道を並んで歩く。こうして一緒に登校できるのもあと何回なのだろうか。急に訪れた虚無感に耐えられず俺は足を止めた。
「どうしたの?」
「なんか寂しくって。」
「もうすぐ卒業だもんね。」
「うん。」
俺はそっと手をつないだ。
「てっちゃんの手あったかいね。」
楽しそうに笑う彼女はキラキラ輝く雪のように眩しかった。
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